2014年02月23日

一元的内在制約説はロリ表現を守れるか?







         








これまで見てきたように、児童の人権保護目的で
ロリ創作表現を法規制するには、まず集団的人権という
概念が広く認められる必要があると考えます。

集団的人権という理屈が重要性を持つのは、
あくまで表現規制は人権保護目的でないと
法制化できないという前提があるからです。

しかしここで考え方を変えて、社会の道徳や秩序を
保護する目的で、すなわち

社会的法益保護目的で
 ロリ表現を規制することは、
  本当に不可能なのかどうか


を考えてみます。

はじめに でも解説したとおり、現在の学説では
一元的内在制約説というものが通説とされているようで、
これを根拠として規制反対派などは
社会的法益でロリ表現を規制するのは憲法違反だ
という主張をするわけです。

しかし、この説を無視して規制法を作ったら、どうなるのでしょうか?
無視とまでは言わずとも、立法する側が通説であるとの
立場を捨て、他の学説を根拠とした規制法を作った場合、
どこから文句が出てくるのでしょうか?

このエントリでは、一元的内在制約説自体の
妥当性にまで踏み込んで論じる事はしません。
 (法学的にもかなり論争があり立場が分かれる問題なので、
   素人が簡単にどうこう言える代物ではありませんし)


あくまで、立法実務上、または刑法としての運用上、
なにか障害となってくるのか?を考えたいと思います。




障害その1.世論

これは、国際世論も含みます。
日本は民主国家ですから、世論の趨勢は国や法の在り方に
大きな影響を与えます。
世論がダメと言っているものを、権力がゴリ押しするのは
大変な労力を要します。
逆に言うと世論の支持があれば、以下に挙げる障害の高さは
その分だけ低くなるという、圧倒的な力があるという事です。

規制法を支持するしないの根拠は、
やっぱり感情論になってくるのは避けられないと思います。
論争のある学説などに強くこだわる一般国民は、
それほど多くないと考えられるからです。
そして、各個人が感情論だけで政治意思を決定することは、
違法でも何でもなく普通に通用している事なのですから、
この段階で一元的内在なんちゃらを持ち出しても
大した意味は無いと思います。



障害その2.法制局

世論の支持があったとして、次に障害になるのはここでしょう。
法制局 とは、簡単に言えば法律を作る際に審査したり
アドバイスや意見をする機関の事です。

仮に、ロリ表現規制が憲法違反なら、必ずここが文句を言います。
ただ、先般の集団的自衛権問題で、
安倍内閣が法制局長官を交代させるという荒業で、
憲法解釈の変更が可能であるという前例を作りました。

ということは、ロリ表現規制に関しても同じ手を使って
解釈変更をやる可能性があると言えます。

また、法制局には内閣法制局と議院法制局があり、
厳しく審査してくるのは閣法を取り扱う内閣法制局の方です。
児童ポルノ法のような議員立法の場合は、
議院法制局が審査しますが、
これは内閣法制局に比べて審査基準が緩いようです。

このことも、ロリ表現規制の敷居を低くする要素となるでしょう。


ちなみに、安倍内閣の荒業に対する批判では、
この記事が参考になります。
 (法制局の成り立ちや機能に関してもわかりやすく
   説明されています)


集団的自衛権と内閣法制局ーー禁じ手を用いすぎではないか
      (web 魚拓)


障害その3.議会

これはぶっちゃけて言えば、与党内の反対派や
議席を持っている野党、という事になるでしょう。
集団的自衛権の閣議決定に際しても、
与党内の反対派である公明党がかなり反発しました。
ここの説得はそれなりの手間と労力が必要でしょうが、
やはり世論の後押しがどのくらい大きいかが
カギになってくるかと思います。

逆に言えば、世論の後押しがあった場合、
彼らが一元的内在制約説にこだわる理由は
それほどないだろう、という事です。
彼らは学説の正義を守る為に議員をやってるのではなく、
票が欲しいというのが最大の目的であるからです。


障害その4.最高裁判所

規制推進派にとって、ここは最後の難関と言えます。
なぜなら、違憲審査権を持っているからです。

ここが憲法違反だと判断を下したら、仮にロリ表現規制法が
成立していたとしても、それ以降は法として使えなくなります。
だから、法制局などとよく議論して、そうならないように
法律の体裁をあらかじめ完璧に整える必要があるのです。

しかし私は以前から疑問を持っていたことがあります。
日本の裁判所は、一元的内在制約説に、
それほどこだわっていないのではないか
、という事です。

たとえば、チャタレイ裁判 の判例というものがあります。
簡単に言えば、社会的法益目的の表現規制は
憲法違反ではない、という内容です。
この裁判自体は60年近く昔に行われましたが、
最近になってもこの判例は踏襲され続けています。

日本の裁判所が一元的内在制約説を支持するのなら、
なぜチャタレイ判例の変更を行わないのでしょうか?

また、明らかに人権保護目的でつくられた
児童ポルノ法ですが、裁判所は個人的法益ではなく
社会的法益保護の立場で判決を下している、という批判があります。

社会的法益説 - 奥村徹弁護士の見解

また、このような資料もあります。
最高裁判所は、国会の判断を優先し、
違憲判断は滅多に下さない、というのです。

「公共の福祉」に関する基礎的資料 (PDF)

7P
② 現在の最高裁判所の態度

現在の最高裁判所の考え方について、松井茂記教授の分析によると、
一部では利益衡量論を用いているが、以前のように一刀両断的に
違憲の主張を切って捨てる判決も下しており、

圧倒的多数の事例においては、最高裁判所は、
国会の広い立法裁量を認めるか、国会の判断を優先させ、
争われた制約を憲法に反しないと判断しているとされる。


また、最近の一つの傾向として、先例を引用して
簡単に違憲の主張を斥けるという傾向がみられるという。




障害その5.学者、マスコミ、少数野党、規制反対派、日弁連

まあ、この辺はおまけですね。
世論の後押しがあれば、大した障害にはならないでしょう。




こうやって見ていると、ロリ創作表現規制が
憲法違反であるという規制反対派の主張が、
いかに脆弱な基盤の上に築かれたものかが
良くわかるかと思います。

だからといって、すぐに規制できるかというと、
色んな事情があって簡単なものでもなさそうなんですが、
それとて時間の問題で、規制反対派はこのままでは
撤退戦を戦う以外の道は残されていないでしょう。

いい加減、何の役にも立たない啓蒙主義路線や、
空想じみた脅迫的言辞を弄する手段を捨てて、
法規制に最大の影響力を及ぼす世論を
いかに味方に付けるかを真剣に考えるべきなんじゃないかと思います。



                             (2014/8/3 entry)



         








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captain_nemo_1982 at 13:00│Comments(0)TrackBack(0)児ポ法の保護法益が人権でも創作表現が規制される可能性 

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