2013年05月04日

規制反対派による規制利権の掌握を提案 1


規制反対派の運動方針について

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 このエントリは 内閣府スレ★38 より引用しました



児童ポルノ法は児童の人権を保護するために
立法された法律です。(個人的法益)

しかし一方で、社会の秩序を保護するために児童ポルノを
規制すべき、という考え方があります。(社会的法益)

規制反対派は、児童ポルノ法が社会的法益で立法されること、
または運用されることを警戒し、批判してきました。

理由としては、

①社会的法益での立法・運用では、児童の人権を保護できない。 (※注1)

②表現の自由は、社会的法益では規制できないというのが
  学会で主流となっている定説である。 (※注2)

③社会的法益とは早い話が感情論の集積や国家権力の恣意であり、
  そのような曖昧な基準で表現を規制することは、
  言論・表現・自由社会の弾圧につながる。

④個人的法益目的であれば、実在の児童の人権のみが保護対象だが、
  社会的法益目的となると、実在しない創作物のキャラクターなどが
   規制される危険性がある。

などが挙げられると思います。

私は 内閣府スレ★38 にて、以上を踏まえた上であえて

 「社会的法益による児ポ法立法を認めて、
 
 規制利権を掌握したほうが表現の自由にとって有益である」


という提案を行い、 「壊れたさん」 氏、「黒愛美」 氏 を主な相手として
その実効性、実現可能性について議論を行いました。

結論を先に言うと、「とてもじゃないが実現不可能」 と私自身が
認めざるを得なくなったわけですが、議論の応酬の中に、
どうして規制反対派がなかなか政治的結果を
残せないのかという問題に対する示唆が含まれていると思います。








114 名前:captain_nemo_1982 ◆Rkh.UWPg4k [sage]
     投稿日:2009/07/30(木) 09:25:19 ID:hmJll3tq

規制って言うと、権力が率先するってイメージが有るけど、
強化にしても緩和にしても、実際は必要に迫られて
それに追随するってパターンが多い。

派遣法だって、「規制緩和は善」 という風潮に乗って緩和されたけど、
秋葉原の殺人事件が起きたらたちまち大臣が見直しを言い出す。
事件の原因が派遣法にあるかどうかなんてわからないのに、
そうに違いないという大衆イメージに追随しちゃうんだよね。
 (もっとも以前から緩和の問題が指摘されてはいたが)

わいせつ物頒布罪にしても、チャタレイ判例に基準は
「国民層の倫理的感覚を超えた集団意識」
「その判断は裁判官にゆだねられている」
なんて書かれちゃってるんだけど、実際警察や検察の
検挙方針は、ずるずると緩和の方向に引きずられている。


話を曖昧な基準に戻すけど、上記のような運用実績を見てると、
果たして厳密な基準が本当に国民の為になるかどうか疑問。
だって、社会風潮が緩和を容認しても、融通が利かないじゃない?

   
注 ・ 曖昧な基準とは、児ポ法における定義の基準のことです


さらに長期的に見れば、児ポ法の個人的法益目的が
表現の自由に取って有益かどうかも疑問になってくる。
社会的法益なら、社会風潮が変われば柔軟に緩和されるだろうけど、
話が人権保護になってくるとそうは行かないだろう。
法改正による緩和は、一度認めた人権を剥奪する、という意味を持つからね。

もちろん、短期的に見れば創作物規制の問題はあるわけだが、
「後の世代」 に残す法というなら、
過去の歴史に学ぶという姿勢があってもいいんじゃないかと。










117 名前:captain_nemo_1982 ◆Rkh.UWPg4k [sage]
     投稿日:2009/07/30(木) 09:43:27 ID:hmJll3tq

俺が言ってるのは、

 「長期的に見れば、児ポ法のあいまいな基準と
  社会的法益は表現の自由にとって得策ではないか」

ってこと。

もちろん、確信を持って主張するわけじゃないけど、
そのへんは今後の議論の積み重ねで判断したいね。










122 名前:壊れたさん ◆W0I6REF2IY [sage]
     投稿日:2009/07/30(木) 10:10:51 ID:RW8I/bwH


私は3号は削除するか、範囲を限定するべきだと思ってる

   
注 ・ 3号とは、児ポ法における定義を規定した第2条3項3号のことです。



一  児童を相手方とする又は児童による性交
   又は性交類似行為に係る児童の姿態
二  他人が児童の性器等を触る行為
   又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって
   性欲を興奮させ又は刺激するもの
三  衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ
   又は刺激するもの


>性欲を興奮させ又は刺激するもの

これでは、拡大解釈できると表明してるようなもので、
表現の自由に制限を与えかねない弊害となりうる
政治に対して不信感を与えるし、
この恐怖で児童ポルノの流布を抑制しうるかというのは、
本来の保護法益とは若干趣旨が違うと思うな











126 名前:captain_nemo_1982 ◆Rkh.UWPg4k [sage]
     投稿日:2009/07/30(木) 10:48:34 ID:hmJll3tq

>>拡大解釈できると表明してるようなもので

拡大解釈も出来るし、縮小解釈 (って言うのかな) も可能。
要は、状況に応じて柔軟に対応できる。
それを考えると逆にこの定義は厳密すぎるかもね。
イギリスみたいに 「みだらな児童の写真」 だけの定義の方が
更に柔軟さは増す。

>>表現の自由に制限を与えかねない弊害となりうる

短期的に今の社会風潮で見ればそうなるかもしれないけど、
長期的に見れば得策なんじゃないかって話。

>>本来の保護法益とは若干趣旨が違うと思うな

俺は、規制派が社会法益で立法したいんだったら、
認めちゃえば良かったんじゃないかと思ってる。
そのほうが、後々柔軟な対応が可能になる。










129 名前:朝まで名無しさん[sage]
     投稿日:2009/07/30(木) 10:56:57 ID:GdieoDm0


>「みだらな児童の写真」 だけの定義の方が
>更に柔軟さは増す。

髪の露出~性器の露出まで人によって「みだらな」の基準は違う。
定義なんて呼べるのかよ











130 名前:captain_nemo_1982 ◆Rkh.UWPg4k [sage]
     投稿日:2009/07/30(木) 11:01:00 ID:hmJll3tq

呼べないかもね。でも、だから柔軟に対応できるんだよ。










131 名前:朝まで名無しさん[sage]
     投稿日:2009/07/30(木) 11:02:16 ID:GdieoDm0

恣意的運用か。おそろしいな。











132 名前:captain_nemo_1982 ◆Rkh.UWPg4k [sage]
     投稿日:2009/07/30(木) 11:05:49 ID:hmJll3tq

その恣意が、国民の同意に裏打ちされててもおそろしい?

俺は、チャタレイ判例が踏襲され続けてるにも関わらず、
わいせつ物頒布罪の要件がずるずると風潮に引きずられて緩和され、
警察も検察も追随せざるを得ないって言う状況に鑑みてるんだけどね。

社会的法益ならば、風潮に併せて強化や緩和されるけど、
個人的法益だと、緩和 = 人権剥奪、となるから
簡単に緩和できない。強化か現状維持の二者択一。

だったら、表現の自由の観点で長期的に見れば、
社会的法益で立法させた方が反対派にとって得策。



                (2011/3/5 entry)


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(※注1) 実際には、社会的法益で運用され、判例もそうなっているようです。

わかりやすい例でいうと、複数児童を被写体とした写真集やCD-ROMを
製造したり、提供する案件が挙げられます。
個人的法益保護を目的とするならば、複数児童ひとりひとりの人権侵害が
問題にされなければなりませんが、実際にはそうなっておらず、
包括一罪として一回の製造や提供が裁かれる、という形で処理されています。

社会的法益説 - 奥村徹弁護士の見解
児童ポルノ罪包括一罪の判例 - 奥村徹弁護士の見解

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(※注2) 表現の自由は憲法で保障されていますが、
「公共の福祉に反しない限り」 という条件が付きます。
すなわち、公共の福祉に反する表現は自由が保障されていない、
ということなんですが、この 「公共の福祉」 とは一体何なのか、
という問題があります。

以前は、公共の福祉とは 「社会の秩序良俗や平穏という公共的価値」 であると
考えられていましたが、(一元的外在制約説)
現在では、「人権相互の矛盾を調整するために認められる実質的公平の原理」
すなわち、表現によりプライバシー侵害などの人権衝突が起こった時に
両者の調整を図るという、一元的内在制約説が通説となっています。

現在でも、在外制約説がとられていた時に作られた法律は有効で、
(わいせつ物頒布罪など)、判例も在外説による表現規制を認めた
チャタレイ裁判を踏襲し続けていますが、
現時点で新たに在外説に基づいた表現規制立法を行うことは難しい、
ということのようです。


★ 2013/7/23 追記 ★

   ウィキペディアの記述によると、最近では一元的内在制約説にも
   批判が寄せられているようで、通説として確固たる立場を築いているとは
   必ずしも言えなくなってきているようです。
   現在では様々な説が混在して議論が行われている、と考えたほうがいいでしょう。


公共の福祉 - Wikipedia
第9回 「公共の福祉」ってなんだろう?





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captain_nemo_1982 at 11:30│Comments(0)TrackBack(0)規制反対派の運動方針について 

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