2013年05月01日

はじめに


児童の人権問題



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児童の人権の問題に関しては、主に

1.線引きの問題 (どこからどこまでを人権として認めるか)  
2.優先順位の問題 (人権保護のために何を優先すべきか) 


の2点が存在します。

当カテゴリにおける 「懲罰主義者氏との議論」 では
線引き問題を扱っています。

児童の人権の基準というものは絶対的なものではなく、
時代の風潮や規範に左右されるという指摘は、当ブログにおける
感情論で児童の人権を線引きする規制反対派 
児ポ法の保護法益が人権でも創作表現が規制される可能性
でも言及しているとおりですが、その事実に無自覚なまま
児童の人権保護に同意しつつ児ポ法推進派の感情論に反対するという
規制反対派のスタンスは、彼らの主張がいかに誤謬や
ダブスタにまみれているかという格好のサンプルになっています。

「懲罰主義者」 氏は、各エントリタイトルにあるような
極端な主張を行うという露悪的な態度で議論参加しており、
私もそれに付き合って悪ノリしている部分もあり、
正直まじめな議論になっているとは言えません。
しかしまあ、堅苦しくなりがちな児ポ法議論の中で
こんなのもあっていいかと思ってエントリしてみました。

もっとも、「懲罰主義者」 氏のスタンスは児童の性的自己決定権を
認めるべきという、実写表現規制反対派 (三次規制反対派)の
傾向が強いようにも思えます。また、残虐行為以外は
児童虐待ではない = 人権侵害ではないという主張は、
人権の線引きにおいて児童と大人を区別する必要は無いと
言っているのと同じことであり、これはこれで
上記の誤謬・ダブスタを回避しえていると言えるかも知れません。

「保護施策優先主義者」 氏は 「懲罰主義者」 氏に比べると、
あえて人権基準を推進派と同一にして立論することで
一般論・常識論として十分通用する内実を備えつつ、
上記の誤謬を慎重に回避しているという点でディベート力の高さが伺え、
こちらはなかなか意義のある議論になっているかと思います。

この議論当時、私は仕事が忙しく、土日のみ内閣府スレに登場して
一週間分のレスを投下するというパターンを繰り返していました。
当然いずれも長文連投になり (最大28連投)、それだけの分量を
書き込むために最初からの議論の流れを毎回把握しなおさねばならず、
ずいぶん苦労した記憶があります。

このエントリではなるべく児童の人権以外の論点は省いて
まとめましたが、児ポ法の議論にある程度通じている方で無いと、
最後まで読むのはちょっと厳しいかもしれません。

ちなみに、「懲罰主義者」 「保護施策優先主義者」 という
固定ハンドルネームは当ブログで便宜上つけたもので、
議論当時は両名とも名無しで参加していており、
エントリ内でも名無し表記のままであることを付け加えておきます。

「単純所持規制で児童の人権を守れるか?」  では、
その可能性はある、という合意は比較的簡単に得ることができたのですが、
議論の前提をいったいわないで泥沼状態に陥ってしまいました。
そのため、当エントリでは泥沼部分は割愛していますが、
興味のある方は 内閣府スレ★9  の281以降を参照してください。


                      (2010/2/27 entry)



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captain_nemo_1982 at 23:00│Comments(0)TrackBack(0) 児童の人権に関する議論 

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