2013年04月27日

もう、おかしくって仕方がないw 規制は反対を表明するバカの手によって可決される前から既に始まっていたのだw - 消毒しましょ!


他サイトによる規制反対派批判


       前の記事 : 変態ゲーム・アニメによって被害を受けているのは、ほかでもない君たちだ(嘲)  このカテゴリの目次 次の記事 : 規制反対派への反論リンク集










もう、おかしくって仕方がないw 規制は反対を表明するバカの手によって可決される前から既に始まっていたのだw - 消毒しましょ!
      (web 魚拓)
             (2010/12/15)

東京埼玉連続幼女殺人事件で規制が始まったとき、
私はアニメ業界にいました。
ホラーやスプラッタビデオが
真っ先に騒がれたような記憶があります。
ギニーピックなど、観ていないのにタイトルを覚えています。
共にアニメへの規制がいきなりやってきました。

その頃「らんま1/2」という
テレビアニメ作品の原画を描いていたのですが、
いきなり「胸を隠せ」「裸を見せるな」というお達しがあり、
既に出来上がっているフィルムの裸シーンを抜き出し、
修正を足して差し替えていきました。

NG基準は現場の誰も知りません、
文書にされていた訳でもなく伝聞で直しを入れさせられたのでした。
「漫画的表現はダメと言われたから」と
監督もプロデューサーも言う。

「漫画だから漫画表現は当たり前でしょ?」と
反論しても無駄でした。
「じゃあ、どこまでが漫画的なの?」
誰も答えられません、とにかくダメだから直して、だけ。
「ついでの規制」の恐ろしさを見ましたね。

++ Diary ++このたびの条例について
      (web 魚拓)



これは傑作、クソワロタwww ここにある「拡大解釈」と作り手としての「矜持のなさ」こそが反対派の正体に他ならないw 街中に氾濫する「不当に賛美・誇張され」たペドやレイプを制限しようとした途端に『風と木の詩』は駄目なのか、『日出処の天子』はどうなるのだ、「ドラえもんのしずかちゃんの裸はいいのか」などと言い出して先走った反対派と、上に引用した「お達し」を発した経営者の態度は全く同じものであるwww 都はこれら既に古典と化した名作までをも規制するなどとは言っていない。確かそんなつもりはないと明言していた筈だ。それを性的描写があるならあれもダメか、これもダメかと勝手に「拡大解釈」して吹き上がっていたのは他ならぬ反対派の大馬鹿者どもの方であるw これが「ついでの規制」でなくて何だというのかwww 確たる論拠も持たないバカが苦し紛れに事の本質から目を逸らした先にあったものが上記の作品群であったことは明々白々、まったくバカにつける薬はないとはこのことだwww

もう、おかしくって仕方がないw 規制は反対を表明するバカの手によって既に始まっていたのだw この記事を目にするまでそれに気付かなかった己の不明を恥じずにはいられないwww 「矜持のなさ」についても同様であるw らんまが性を入れ替える度に裸になったところで、そんなものが「みだりに性的対象として肯定的に描写すること」になるわけがないw 高橋留美子が一体いつレイプやペドを奨励したというのか。他愛もないコメディに愚かな制限を加えようとする輩とは徹底的に争うべきであるのに、言われもしないうちから愚かしい「修正」を施して事なきを得ようとする態度は作品とそれを描いた作者に対する侮辱に他ならない。

嘗て花輪和一が銃刀法違反に問われ逮捕されとき呉智英は法廷において彼の作品の価値と作家性を論じて情状酌量を求めた。同様に反対派も本当に規制に反対する気があるならば、大御所の名作に逃げ込むことによって問題を誤魔化したりする前に、その辺に転がっている劣情を催すことだけを目的としたマンガやアニメが規制に値しないことを正々堂々と論じるべきなのである。それこそが反対派としての矜持である筈なのに、実際にそんなことをしている奴などみたことがないw この点からも反対派は単にズリネタを失うことに恐怖しているに過ぎず、玩具を取り上げられたガキと同じレベルで騒いでいるだけであることが丸分かりであるwww

更に言えば、「みだりに性的対象として肯定的に描写すること」が何の問題もないということまで証明し、都の言う「青少年の性に関する健全な判断能力の形成」という台詞が「内実とかみ合わない美辞麗句」であることを立証すべきなのだ。性とは何か、性的描写とは何か、健全とは何かという点にまで踏み込んで反対論を展開すべきであり、そのとき初めて議論が意味を持つのである。そのとき初めて「表現の自由」とは何かが明らかとなるのである。しかるに反対派の中にそれをした奴などいない。ありきたりの「内実とかみ合わない美辞麗句」を振り翳していたのは連中の方である。その代表ともいえるバカが、糞下らないエロゲに耽溺しては糞下らない駄文を投下して糞下らないブックバカーどもの支持を得るコンビニ店長ロリ村橋だw

活字で表現されてれば全部高尚なんだろ。もう世のなかの活字の本にみんな「ななさいじょじまんこぺろぺろしたい!」とかいっぱい入ればいいよ。解釈の余地あんだろ? 「おにーさん、そのくっさい包茎ちんぽ、小学生まんこにズポズポしたいの? 初潮も来てない小学生にそんなことするんだー。へー。死んじゃえばいいのにね、おにーさんみたいな変態なんて」 ほら解釈しろよ! 高尚なんだろ活字! 文学なんだろ!

全文バカの極みで突っ込みどころ満載であるw 規制に反対である以上、 ロリ/ペド/レイプマンガの「解釈」を披露すべきはこいつ自身であることは論を俟たないw こいつが「ななさいじょじまんこぺろぺろしたい!」と言う欲望を満たす作品に対して、それを規制すべきではないという「解釈の余地」を与えるべきなのであるw ほら解釈しろよ! 問題ないんだろ薄汚いペド野郎! 規制反対なんだろ! やって見せろよロリ村橋w お前の愛好している「ペドゲ」が規制に値しないものであることを証明せえよwww それをして始めて反対論となるのだ。結局、バカは駄々っ子のようなみっともない泣き言を垂れる以外に能はなく、こいつのような大馬鹿者こそが規制の推進力となっているのであるwww

さあ、規制は成立したw これからが大変であるw 反対派によればエロはそれを欲する者による性犯罪の実行を阻止する役目があるとのことであったw 逆に言えばそれは、エロを取り上げたら俺たちは痴漢や強姦や幼児に対する性的虐待に走っちゃうよ、という「愚か者の脅迫」に過ぎないことは既に論証済みだw そして、愈々そのエロがいま連中の目の前から消え失せようとしているw (ホントはゾーニングされただけだけどw) これは大変な事態であるw これからありとあらゆる性犯罪が町に蔓延する筈だw 反対派は挙って規制の対象となった作品に描かれたような卑劣な行為を実行に移すであろうw そうなる前にバカは片っ端から牢獄にぶち込んでヨボーコーキンすべきであることは明らか、何故ならそれが連中の論拠であったからだ、ぎゃははwww







引用部分は私なりに大幅に変更している。
 (エントリ本文の引用では個人的に主旨がわかりづらかったため)

こちらも罵倒系だが、シニカルな西田三郎氏と違い、
全編ハードコアかつヒステリックな論述スタイルで、
やたら www を多用しているが、余裕や笑いはほとんど感じられない。

そのロジックはトリッキーというかアクロバティックというか、
おそらく私の理解力が足らないせいなんだろうけど、
他のエントリをいくつか拾い読みしてみても、
何度も見返さないと言わんとするところが
見えてこなかったりする。(未だに見えてないかも知れない)

製作者と規制反対派の拡大解釈は同質であり、
それは表現に対する矜持のなさに由来する、
という着眼の鋭さに感心する。

ただ、「問題ないこと」 「規制に値しないこと」 の論証を
規制反対派に求めるのは酷じゃないか?とも思える。
立証責任は、「ある」 と主張する方に課せられるべきだから。

ちなみに、編集権による規制に関して、
表現の自由を原理主義的に主張するなら、
なぜそっちの方を権力による規制よりももっと問題視しないのか?
という疑問を、黒沢明監督作の映画 「白痴」 を
例に出して問いかけたことがある。





内閣府スレ★37 より引用


445 名前:captain_nemo_1982 ◆Rkh.UWPg4k [sage]
     投稿日:2009/07/25(土) 13:20:12 ID:RBoiQta5


    (時代の風潮なるもので一時代の大衆文化が歴史上から抹消されるような事が
       許されるのか?という問いに対し)


しかし、実際には許されているし、大した問題にもなっていない。

表現が後世に残るか否かは、一重に商業価値が
あるか否かに懸かっている。
国家権力によって規制されようがされまいが、
金になるなら復活の途はある。

これは、権力による弾圧が行われた浮世絵や蟹工船、愛のコリーダなどを
見れば解る事だが、逆に商業主義による抹殺の例を挙げることもできる。

実はそちらの方が量的には遥かに膨大で、二度と陽の目を
見ない可能性も高く、問題として表面化しがたい分だけ罪深いと言える。


以前一例として黒澤明の 「白痴」 を上げたが、改めて論じてみる。

黒澤は 「白痴」 の前後に 「羅生門」 「生きる」 「七人の侍」 といった
錚々たる名作を世に送り出しており、映像作家として絶頂期を迎えつつあった。

「白痴」 は文豪ドストエフスキー原作で、三船敏郎、原節子、
森雅之といった当代一流の出演陣と一流のスタッフを擁していた。
芸術価値を検証するにあまりある豪華な布陣と言えるだろう。

完成本編は4時間以上の長尺であったが、製作の松竹は長すぎるとして
前半部分をばっさりカットし、冒頭の字幕であらすじを説明するという
暴挙に出た。当然黒澤は激怒したが、当時の彼はまだ発言力が弱く、
結局カットは断行された。
 (羅生門がベネチアで金獅子賞を取るのはもう少し後)

黒澤はその後世界的な名声を勝ち取ったが、前半部分はジャンクされた為、
今となっては見ることが出来ない。(コレクター所有説あり)


しかし、そんな事を杞憂するのは一部の映画マニアや黒澤信者くらいで、
ほとんどの一般人にとってはどうでもいいことである。

実際、現時点で確認できる後半部分の出来は退屈極まりなく、
黒澤作品のワースト1に推す声も多い。

黒澤の場合は巨匠として信奉されているから 「白痴」 も語り継がれるが、
それほどでもない創作者の作品 (映画に限らず全ての表現) の場合なら
商業主義に立脚した編集権により抹殺された例など枚挙に暇がなく、
後世に顧みられる事もないだろう。

しかし、それが一体なんだというのか?

過去に創出された膨大な表現全てに目を通す事など不可能だし、
そんな事をする必要も無い。
歴史の評価を勝ち取ってきた優れた表現に触れればそれで十分であって、
それは国家による弾圧があろうとなかろうと大して変わりは無いのである。
 (むしろ、弾圧が勲章となって過大な評価を得る事もある)



「国家権力による規制」 と 「編集権力による規制」 の比較は、
刑事罰が科せられるとか、憲法違反とかいう問題ではない。

「何が何でも表現の自由は貴重なものであり、
どんな表現であっても抹殺してはならない」 という、
原理主義的主張を行うなら
民主主義的手続きを一切踏まず、事前検閲で
表現を闇から闇に葬る 「編集権力による規制」 の方が
もっともっと問題にされなければならない筈である。

それに比べれば国家権力による規制など、
戦後日本に限って言えば検閲があったとしても事後であり、
形式的であっても民主的プロセスを踏んでおり、
治安維持法のような苛烈な弾圧であっても
後世に作品を残すことが可能である、という点で
むしろ創作意欲の試金石にすらなりえる、
と思うんだが。




■ 参考URL ■

己のバカを目に見える形で提示するバカwww - 消毒しましょ!



               (2010/12/26 entry)

       前の記事 : 変態ゲーム・アニメによって被害を受けているのは、ほかでもない君たちだ(嘲)  このカテゴリの目次 次の記事 : 規制反対派への反論リンク集







トップページに移動



























captain_nemo_1982 at 08:30│Comments(1)TrackBack(0)他サイトによる規制反対派批判 

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by すなぎも   2014年10月03日 14:20
>活字で表現されてれば全部高尚なんだろ。もう世のなかの活字の本にみんな「ななさいじょじまんこぺろぺろしたい!」とかいっ>ぱい入ればいいよ。解釈の余地あんだろ? 「おにーさん、そのくっさい包茎ちんぽ、小学生まんこにズポズポしたいの? 初潮も来てない小学生にそんなことするんだー。へー。死んじゃえばいいのにね、おにーさんみたいな変態なんて」 ほら解釈しろよ! 高尚なんだろ活字! 文学なんだろ!

これって規制反対派でも小説が規制対象外であることを突っ込む時に当然でてくるよね。
賛成派の俺としては小説が対象外なのは謎なんだが…
ライトノベルでもアニメ化はするし、原作に禁止された表現があってもそこをカットして放映するだろうし、場合によっては原作無視の外伝的ストーリーにすることもある。
アニメに惹かれて原作を読むケースを考慮に入れてない。

それに、小説を除外すればアニメ、漫画文化そのものを児童ポルノ法にかこつけて破壊しようとしている証左だと見られてもしょうがないだろう。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔