2013年04月27日

非実在論争と敵意の行方 - はてな匿名ダイアリー


他サイトによる規制反対派批判


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非実在論争と敵意の行方 - はてな匿名ダイアリー
      (web 魚拓)
           (2010/3/25)



ツイッターのハッシュタグ

#hijitsuzai

にて、非実在青少年の違憲性云々の議論が延々続いている。

きちんとした議論をしている人たちがいる一方で、なんかヘンだぞ、という感覚も多かったのでそのことを書く

なんというか、自分の個人的不満とか嫌いな集団とかを規制派に重ねて叩いている、という印象が拭えない。

特にオタクの人たちに多い感じ、残念だが。

ツイッターではともかく、2ちゃんとかで不用意に「多少の規制は必要でやり方の問題だ」などといった人はけっこう感情的に叩かれるのだが、印象深いのはその時の叩き方。

左翼嫌いな人たちは「規制派はサヨ」というし、右翼嫌いは「石原はウヨだから規制派はウヨ」という

ツイッターで「今回の規制はアメリカの外圧だ」という話も何度もリツイートされたが、単に反米感情を煽っているだけのような気がしてならない。要するにアメリカが嫌いなだけでしょ。

外国の議員なり外交官なりが日本の関係者に何らかの要求をすることは、外交において普通にあることであろうし、それが発言者個人のレベルかどうかにも依る。ちょっと懸念を示しただけで「外圧」になるんだったらそもそも国交などできないでしょう。

仮に「外圧」があったとしても、その結果として行動を選ぶのは日本人なんだからこれは日本の問題なのであって、アメリカは悪くないのだ。

あとは「コミケ陰謀論」というのもあった。

上記のような人たちは、単に「敵」を求めているのである。

彼らの持っている世界観は

「自分たちの文化が外敵に侵略され、それに抵抗する自分たち」

というものだ、これはいわば「物語」である。彼らにとっては敵は大きければ大きいほど良い、その方が自分も相対的に偉くなったような気がするからだ。

だから「敵」にいろいろな実像を与えようと、右翼、左翼、コミケ、アメリカと追加していく。

彼らにとって自分に異論を吐く人間はすべて悪なので、「意見でない範囲での対案としてのゾーニング」なんて話をしても無駄。
   (引用者注 ・ 「意見」 とは 「違憲」 の変換ミスか?)

客観性を失った彼らには、「規制派も対象は違うが全く同じ物語のもとで行動している」というメタな見方が欠けていて、自分たちを「一方的で完全な被害者」だと認識している。

彼らは「敵」を思考停止状態だと思っているが、自分たちも思考が停止している。

彼らの何人かは石原の「太陽の季節」の内容をあげつらって叩くが、その自己矛盾に気づいていない。

それをやると「言論の自由を標榜していながら表現狩りをする」という事になるし、「創作物と創作者を切り離して考えていない」ということになる、そうなれば風向きは自分たちに不利になるのに。

要するにとにかく相手を引きずり下ろしたい、という思考だ。

彼らはオタクのプロパーで語りすぎるゆえに、言葉は身内にしか届かないだろう。

彼らは広い世界に語ってるつもりになっているかも知れないが、身内で「だよねー、そうだよねー」とやってるに過ぎない。

この問題を本当に説明していかなければいけないのは、漫画やアニメに理解がなくネットも知らない人たちに対してであり、そういう人たちに彼らの言説は全く届かないだろう。








★ captain_nemo_1982 のコメント

>>彼らの持っている世界観は
>>「自分たちの文化が外敵に侵略され、それに抵抗する自分たち」
>>というものだ、これはいわば「物語」である。
>>客観性を失った彼らには、「規制派も対象は違うが全く同じ物語のもとで
>>行動している」というメタな見方が欠けている


という主張にはついつい頷きたくなってしまうが、
よくよく考えてみると、多かれ少なかれ、
人間というものは何らかの 「物語」 にすがらなければ
生きていけないという現実を踏まえれば、
ここにおいて批判的に語られる 「物語」 とは、
「独善的」 「自己矛盾」 「浮世離れ」 「思考停止」
などなどの属性を持ち合わせているということになるだろう。

その意味で、「規制派も同じ物語のもとで行動」 もおおむね同意だが、
反対派との決定的な違いは、規制派が世論の支持を取り付けているのに対し、
反対派はそうではないという事実である。
すなわち、反対派の方がよりカルト度が高いといえる。

また、彼らが陰謀論的手法で外敵を想定する思考は、
「反対派の言説が一般大衆に届かない」 という現実と
有機的に連結している。

彼らの陰謀論では、一般大衆は 「敵」 の見え透いた詭弁に
いともたやすく騙されてしまう愚かな民草の集まりに過ぎない。
 (もちろん、自分たちは騙されないだけの知性を有した
   選民であると考えているだろう)

感情論に流されるがままの
愚民の知的主体性など一切信用していないのだから、
そもそも声を届かせようという動機すら持ち合わせていない。

ネットでの規制反対派の運動を見ている限り、
彼らはあきらかに民主的手法よりも賢人政治的手法を指向しているし、
票田や献金などの実弾をもって議員に陳情するのではなく、
もっぱらメールやらFAXやら手紙やらのお手軽な啓蒙活動が
主流であるという事実に、

「俺たちは組織票やカネなどに頼らずとも、言論だけで
議員とサシで渡り合える存在なのだ」

という規制反対派の思い上がりがよくあらわれている。



                  (2010/12/15 entry)

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captain_nemo_1982 at 12:00│Comments(0)TrackBack(0)他サイトによる規制反対派批判 

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