2013年04月27日

いい加減にしてもらいたいネットの反○○運動


他サイトによる規制反対派批判



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いい加減にしてもらいたいネットの反○○運動
                   (web 魚拓)
                     (2010/3/22)



好奇心から東京の件の条例改正案をざっと眺めた。
で、とりあえずまず一つ言いたい。


恣意的にいくらでも解釈できると言ってネットで煽るのは
いい加減にやめてくれ!!。



これはネットにおける反○○運動の典型パターンだと思ってたけど、今回の件でもやっぱりそうだった。よく分かった。で。


あらかじめ僕の立場を書いておくと、この手のことに国家なり行政なりがタッチしてロクなことがないと単純に思ってる。だけど、さて社会の合意としてどうするかになると別の話で、現実的に考えることは必要だとも思う。だから、過剰な煽りには乗りたくない。さてと。

(中略)

もひとつ、素人ながら思うことを書いてしまうと。


検閲が猛烈だったはずの江戸時代の芝居でさえ、あれだけ生き生きと人間の喜びや悲しみを描き、政治的な問題にも抜け道を使って、そういう作品が現代にも生きているわけだ。


表現の自由は守られなければならないけれど、しかし何事かを表現せんとする人間の衝動の強さをもっと信じるべきだと思う。人間の反骨精神が、そうそうたやすく権力に負けてたまるもんですか。

 (後略)





★ captain_nemo_1982 のコメント

これはもうタイトルが最高。
言っていることもいちいちごもっともで面白いんだが、かなり長文だし
これまで紹介した他サイトの記述と重複する部分も多々あるので省略。
興味ある方はリンク先の全文を読んでいただきたい。
 (もちろん、重複うんぬんはブログ管理人の jura03 氏の責ではなく、
   ただ単に私の紹介順序の都合に過ぎない)

このエントリに他に見られない特色があるとすれば、
「何事かを表現せんとする人間の衝動の強さを信じるべき」
という部分だろう。

私のブログのデザインを見てもらえればわかるとおり、
私は反社会表現が大好きで、鬼畜系カルチャーに
傾倒していた時期もあった。
   注 ・ ブログデザインに関しては、旧ブログのデザインを指しています

その私がつねづね苦々しく思っていたのは、

「規制の槍玉に上がるような表現を創作している表現者は、
 自ら社会良識に挑戦するような真似をしておきながら、
 社会システムの庇護 (表現の自由の保障) を求めるとは
 いったいどういう神経をしているのか?」

ということである。

反社会表現を世に問うなら、権力の弾圧に対しては
地下に潜ってでも徹底的に反抗するか、
間隙をぬって狡猾に立ち回るべきであると考える。
「権力は一般市民の横暴から俺たちを守るべきだ!」 などと
泣き言を吐くなど、こころざしがあまりにも低すぎる。

私は過去の議論で表現者のこころざしの問題含め
表現の自由についてもいろいろと議論してきたので、
いずれはカテゴリを作ってアップしたいところなのだが、
ここでその話をしだすと切りがなくなるので、
2つの 「狡猾に立ち回った」 事例の紹介をもって、
jura03 氏の上記見解に対するコメントとしたいと思う。


■ 猪瀬直樹氏の朝まで生テレビでの発言

「メディアの問題で、(戦前は) 言論の自由が無かったからと信じられてるけど、
言論の自由はかなりの部分まで認められてたんですよ。

例えば発禁になるでしょ。すると、「発禁の書」 って広告出して
また売るんですよ。そうするとかえって売れた。
だって要するに伏字を増やせばいいわけだから。


 いろんな表現の仕方があったし、情報的にかなりきちっとした見通しを
書いた本もいっぱい出てます。
当時、日本とアメリカが戦争したらどうなるかと、そういうことを全部
シミュレーションした小説がいっぱい出てますよ。かなり正確に書いてます」


■ 深作欣二監督 「バトルロワイアル」

映画 「バトルロワイアル」 の監督、故・深作欣二は格が違う。
ご存知のとおり、「バトルロワイアル」 は「中学生42人が殺しあう映画」 という
過激な内容で規制論議を巻き起こしたわけだが、深作監督はそんなことにお構いなく、

 「私には暴力がいけないと言う思いは全くない」
  
と堂々と言い放ち、同じ口で
 
 「この映画はぜひ子どもたちに見て欲しい」

などとも公言する。

深作監督にとっては、バイオレンスこそがヒューマニズムの真髄なのであり、
「中学生42人が殺しあう映画」 でその暴力賛美思想を子どもたちに
刷り込むことが日本の明るい未来につながると本気で信じていた節がある。

また、社会良識との距離をきっちり視野に入れ、

 「R-18なら喧嘩もしたが、R-15くらいつかんかったら、
  『それほど安全に撮ったのか?』 と軽蔑されても腹が立つ」

と、確信犯的にR-15指定を前提とした映画を作っておきながら、規制推進派の
故・石井紘基議員 (民主党) と正面切って渡り合い、話題を盛り上げて大ヒットにつなげる抜け目のなさ。


反社会表現創作者の矜持ってのは、こういうところに立ち表れるんだよ。
規制だなんだって騒がれるのは、かえって勲章だ、
くらいに胸張ってもらわないとね。

 (引用終了)


ちなみに、「泣き言を吐く表現者」 に関してだが、
「美しく負けるよりも醜く勝つ」 ことを目的として
手段を選ばずなりふり構わず戦略的にやっているのなら、
見苦しくはあるが理解できないことはない。

しかし、彼らはそのような考えもなく愚純に
駄々をこねているだけだと、少なくとも私にはそう見える。

(余談だが、「醜い勝者よりも美しき敗者たれ」 とは、
 元サッカーオランダ代表のヨハン・クライフの言葉。
 クライフが代表として出場した1974W杯で、
 オランダは決勝で西ドイツに敗れたが、トータルフットボールの
 提唱などで世界に衝撃を与え、賞賛を浴びた。
 2010W杯のオランダは、前者を選択して優勝を狙ったが、
 スペインに敗れて醜き敗者となった)



                  (2010/11/27 entry)

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captain_nemo_1982 at 13:00│Comments(0)TrackBack(0)他サイトによる規制反対派批判 

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