2013年04月27日

「児童ポルノ禁止法改正案」反対論が 「規制」への共感を生む不安


他サイトによる規制反対派批判


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「児童ポルノ禁止法改正案」反対論が 「規制」への共感を生む不安
| 時評コラム | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉

                   (web 魚拓)
                      (2009/7/22)



結局「児童ポルノ禁止法改正案」は廃案である。ただし、国会解散によって「時間切れ」になったに過ぎない。(略) まさに、子どものことより、政治の事情が優先される事例のひとつだろう。 (略) もっとも、規制を主張した議員諸氏に「児童の権利を擁護する(参照:児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律)」発想があったのかは大いに疑問が残る。伝えられている限りでは、「規制」ばかりが強調されているとしか思えない。

とはいえ、反対論も「子どもの擁護」については無頓着に近い。なかには、子どもに関わる現場の方々を「逆上」させた「児童ポルノ禁止は日本のマンガやアニメに大打撃」的な意見もある。それによって「子どもを守るため」という感情が刺激され、乱暴な「規制=摘発」に拍手する傾向も招いている。それでは「逆効果」でしかないし、反対の方々にとっても本意ではないだろう。

 そもそも「児童ポルノ」そのものを肯定するオトナは少ない。また、法律で「禁止」と定めること自体も、多数が支持するところだろう。実際に友人や地域の方々と話してみても、「児童ポルノ」そのものだけでなく、「児童ポルノ禁止法」に反対する意見は皆無だった。その多くは「モラルに反する」や「道義的に許されない」というものである。このような倫理的な観点が「児童ポルノ禁止」の共通した意識なのかもしれない。




「児童ポルノ禁止法改正案」反対論が 「規制」への共感を生む不安
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                   (web 魚拓)

対して「児童ポルノ画像を添付したスパムメールが自分のパソコンの中に勝手に入っていたり、児童ポルノと知らないでうっかりクリックして画像をホームページなどからダウンロードしてしまう可能性がある」が反対論だという(参照:児童ポルノ禁止法:改正案の課題 与党と民主、異なる『単純所持』定義 毎日jp 7月20日)。

 本当にそうだとしたら、あまりにも現実ばなれしている。だいたい、スパムメールを無防備に受信するだけでなく、その添付ファイルを見るのは、ウイルスに「汚染してください」といっているのに等しい。一般的なインターネットユーザなら、こんな危険は犯さないだろう。

 また「うっかりクリック」も考えにくい。超高速回線で小さな画像なら瞬時にダウンロードできるかもしれないが、通常の鑑賞する画像なら一定の時間がかかり、途中で中止することもできる。




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                   (web 魚拓)

しかも、この反対論が忘れているのは「不要な画像は削除できる」という点だろう。万が一、なんらかの手違い(?)で送りつけられた画像を見てしまったとしても、自分の意思で「保存したくない」と削除できる(厳密にはデータそのものが消えてなくなるわけではありません。念のため)。

 だから「削除しないで保存してるのは『みだりに』所持だろう」となってしまう。さらに「保存しているのは目的があるから」となり、「とにかく規制」が説得力を持ちはじめる。これでは反対のための「うっかりクリック」や「知らないうちに」が、「規制=摘発」に傾斜させる入口になりかねない。

 ネットに限っていえば、自分の意思に反して画像を保存するのは不可能だろう(郵便やFAXも「捨てる」という判断ができますが)。

 だからといって、「他人に迷惑をかけてもいないのに、自分の『性的好奇心』で所持して、どこが悪い」は支持されにくい。それは「児童ポルノ」という概念がに肥大化してひとり歩きしているからだろう。「児童ポルノ」=「倫理に反する」=「排除(規制)」という図式が、なんの疑問もなく定着してしまっているのだ。




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この図式は意外なほど浸透している。とりわけ、子どもに関わる現場の方々は、活動のなかで「子どもを守る」必要に迫られるため、この図式から強硬な規制を反射的に支持する傾向が強い。知りあいの多くが子どもに関わる現場の方々なので、指摘しにくいのだが、「児童ポルノ」とするだけで、アニメやマンガだろうがゲームだろうが「とにかく規制」に近い発想になりがちなのは事実である。

 ただし、それは理解できなくはない。虐待防止に関わる方々は、子どもへの性的虐待に直面している。この季節になると、子どもの遊び場に関わる方々も、水遊びする子ども達の姿を、家族や本人の許可もなく携帯電話のカメラに収めようとする見知らぬオトナに悩まされる。また、たかが街のWeb屋さんにすぎない我が現場に、「家族や本人の許可があっても、子ども達の画像をホームページに載せて大丈夫だろうか」と相談する現場の方々も少なくはない。

 そのような現場の方々にも反対論を納得してもらうには、「児童ポルノ」がなんであって「どこに反対するのか」を明確にすべきである。それを忘れて「児童ポルノ禁止は日本のマンガやアニメに大打撃」としては、「子どもを守ることよりマンガやアニメが大切なのか」となってしまう。その延長で「ドラえもんのしずかちゃんの入浴シーン」などに言及し「この表現がマンガやアニメの魅力」としても、「マンガやアニメは『児童ポルノ』的な表現で成長してきた」と誤解されかねない。

 それらの言説は、活動のなかで「子どもを守る」べき状況に直面している現場の方々を逆なでする。そうなると「アニメやマンガやゲームも『児童ポルノ』として規制すべき」に追いやってしまう。なによりも、子どもに関わる現場とは無縁な方々が、主観的な「児童ポルノ」排撃を主張し、「わたしこそは『子どもの味方』」のように振舞うのを、現場が容認することにつながりかねない。

 残念ながら反対する一部の方々は、「子どもに関わる人たちは規制賛成」と断定する傾向もある。それは一部のゲームやアニメを見て「ゲームやアニメは悪影響を及ぼす」というのと同じだろう。たしかに「児童ポルノ」=「倫理に反する」という図式と、現場の条件から、感情的に「とにかく規制」に傾くのは否定できない。

 しかし、「なにがなんでも規制」が「子どものためになるのか」を考えることができるのも、子どもに関わる現場である。だから「規制」に傾きながらも、「なにがなんでも規制は違うよね」と悩む方々も現場には多い。その方々が納得してこそ、反対論は幅広く支持されるのではないだろうか。



  (以下略  続きはこちらで)



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★ captain_nemo_1982 のコメント

全体的に見れば、規制派、反対派双方に理解と疑義を示している
両論併記の形がとられている。
その上で、規制派、反対派ともにこの問題をどうとらえれば
円満な解決が図れるかという提言 (抽象的だが) も行われており、
まずまずバランスのとれた記事であると思う。
 (ただし、当カテゴリの主旨上、規制派への疑義、反対派への理解部分は
  大幅に省略しているので、全文はリンク先を参照のこと)

ただ、どちら側の記述にもいろいろ突っ込みどころが多いのは確かだが、
当コメントでその是非はいちいち取り上げない。
この記事において最も価値があるのは、
「子供に関わる現場」 から行われる証言部分である。

特に、

この季節になると、子どもの遊び場に関わる方々も、
水遊びする子ども達の姿を、家族や本人の許可もなく
携帯電話のカメラに収めようとする
見知らぬオトナに悩まされる。


の部分は生々しくリアリティがある。
一般良識が 「児童を性の対象とする風潮」 に対して
抱く不安の根拠の一つとして、このような実態が厳然と
存在するという事実を、規制反対派は重く受け取るべきだろう。

「子供に関わる現場」 の人たちが頭を悩ますのであれば、
児童の保護者達も一様にその不安に同意を示すだろう。
そして、その同意が児ポ法規制強化に幅広い支持を与える要因となる。
何しろ、国民の大半は何らかの形で児童の保護者なのだ。
ことほど左様に、規制反対派の敵が強大な由である。

この記事には 2010/8/19 現在で51件のコメントが付いているが、
6ページ目の記事の魚拓に全文掲載
これがまたものの見事に上記の指摘を無視、スルーして、
世間一般に通用するはずもない間違いだらけの屁理屈をこねまわし、
脅迫的言辞で児童の人権の制限を訴え、直接・間接的に
小児性愛嗜好をひたすら擁護することに終始している。

事実に基づいた 「他人の不安」 など一顧だにせず、
妄想に基づいた「自分の不安」 をただただ声高に
主張するという身勝手さ、
両論併記に努めた記者に対して
「規制派の主張を鵜呑みにしている」 などとと決めつける
醜悪な態度、
ふじながたかみ氏の言葉を借りるとするならば、

「こいつらバカだ。視野が狭すぎる」

「国民が表現規制を要求するほど不安が広がるなら不安の要因を考えていかなければならない。そして不安を手当てする社会的施策を考えていかねばならないのに、規制反対派の論調は権利や陰謀論ばかりで私なんかあきれ返る。」


ということであり、その不安を放置したまま規制強化が実現しても、
それは規制反対派の他者性欠如が招いた
自業自得と思い知るべきだろう。



                         (2010/8/19 entry)


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captain_nemo_1982 at 17:30│Comments(0)TrackBack(0)他サイトによる規制反対派批判 

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