2013年04月27日

児ポ規制反対派の誇張する「単純所持」問題は起こりえないことである


他サイトによる規制反対派批判


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児ポ規制反対派の誇張する「単純所持」問題は起こりえないことである
- uemadaの日記

                   (web 魚拓)
                     (2008/3/17)

 ここ近日、児童ポルノ規制に対する反発が各ブログで伝えられている。今回の騒動は、日本ユニセフ協会や大企業等が共同で、反児童ポルノキャンペーンを始めたことに端を発する。そのなかでも、とりわけ、アニメ・漫画へ規制の対象を広げる「準児童ポルノ」という枠組みや、児童ポルノの「単純所持」を罰することに対する批判が、ブログ界の主流となっている。曰く、準児童ポルノについては、アニメ・漫画等で描かれる児童虐待には被害者がいないのであるという。また、そもそも児童ポルノの概念自体が曖昧であり、それをもとに規制がなされれば、表現の自由を侵害するのだともいう。そして、単純所持の処罰については、処罰範囲が広がりすぎると批判している。さらに、批判の矛先は、児童ポルノ規制を推進する日本ユニセフ協会自体にも向けられている。

本稿では、このなかで、児童ポルノの概念が曖昧であり、そのうえ単純所持の違法化は処罰範囲を不明確にするとの批判について検討し、規制反対派の批判の問題点を明らかにしたい。特に、反対派の挙げる事例が幻影に過ぎないことを示したい。

 規制反対派からは、単純所持が処罰されるようになると、一般人にも累が及ぶようになる根拠として次のようなことが言われる。曰く、「数十年前に子供が川で裸で遊んでいた写真を大事に取って置いても立派な児童ポルノになってしまう。親以外の人間なら欲情する可能性があるから。単純所持を規制すれば、こんな事で逮捕されてしまいかねない。煩悩帝國 - 【BLOG】帝國日誌 (web 魚拓)」また、ネットサーフィン中に、意図せずしてハードディスクに児童ポルノが保存されても、処罰されると指摘している(AMI 「児童買春児童ポルノ禁止法」改正への要望書) (web 魚拓)」。以下はこれらの意見と同旨のものを含むエントリーである。

「なくそう!子どもポルノ」キャンペーンに関する疑問点まとめ
                   (web 魚拓)

児童ポルノの単純所持禁止にアニメ・マンガ・ゲームは含めるべきか否か?
                   (web 魚拓)

しかし、日本の現行法体系下においては、そうしたことが起きる可能性は無きに等しいといわなければならない。まず、児童ポルノの定義が曖昧だという点についてである。その具体的な内容は、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律第二条三項において、一号から三号まで限定列挙されている。

児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律
                   (web 魚拓)

この中で特に問題とされているのが、三号の「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」という文言である。これを念頭に、子どもの写真を保管しておくだけでも罰せられるかのごとく言説が流布しているようである。

ここで、「性欲を興奮させ又は刺激するもの」という限定がなされていることに注意しなければならない。このような文言は、規範的構成要件要素とされ、裁判官がその当時の社会常識によって規範的・評価的な価値判断を行い、該当するか否かを判断する要素である。つまり、社会通念・常識にのっとりある程度客観的に解釈されなければならないのである。すると、社会常識に照らして、家族が撮った普通の裸の子どもの写真が「児童ポルノ」に該当するなどというのは実際には起こりえないことであろう。ただし、確かに、裁判官の主観に左右される面が少なからずあるという点では、曖昧であるというそしりは免れないだろう。だが、これは規範的構成要件一般に対して言えることであり、刑罰法規の多くが直面している問題でもある。

例えば、同じく規範的構成要件要素であるわいせつ物頒布罪(刑法175条)における「わいせつ」について見てみよう。条文には、わいせつの定義などは示されていない。しかし、判例の積み重ねにより、わいせつとは「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう」とされている。またその判断基準についても、「部分的に露骨な性描写があっても作品全体から判断してわいせつ性を否定すべき場合があるとする全体的考察方法」(大谷實 刑法講義各論pp.498 成分堂)が採られ、精緻化してきている。これは、「性欲を興奮させ又は刺激」という同様の文言が児童ポルノ禁止法第二条においても用いられていることからも、注目に値する。

 次に、単純所持によって処罰範囲が不明確になるという批判である。もちろん、単純所持が罰せられることになる分、処罰範囲が広がるのは間違いない。しかしそれは、自分の子どもの写真を所持することや、ネットサーフィン中についうっかりと児童ポルノがパソコンに保存されてしまうというような事例をも視野に収めたものなのだろうか。規制反対派は、これら事例を提示し、一般人にも児童ポルノ禁止法の累が及ぶのだという。これはまず、単純所持の規定がどのように条文に表現されるかによる。しかしながら、犯罪が成立するためには、原則「故意」が必要なのはいうまでもない。過失の単純所持を処罰するという話は聞いたことがない。この故意があったといいうるためには、犯罪事実の認識・認容がなければならないのである。この点、家族が撮った裸の子どもの写真についていえば、それが児童ポルノに当たるという認識を持っていなければならないのだ。しかし、そもそも、そんなものは児童ポルノにはあたらないということは上記のとおりである。

また、ネットサーフィン中HDDの中に児童ポルノが偶然入り込んだという例も検討してみよう。つまり、Webキャッシュとしてハードディスクに保存されていれば故意に「所持」したといえるのかということである。この点、たまたまリンクをクリックしたら出てきた、あるいは、過って保存されたというのでは当然故意に欠けることになろう。そもそも、故意を云々する以前に、キャッシュとして保存されることが「所持する」ことだとはいえないということが言えるだろう。インターネットにおいてキャッシュは必然に生じるものである。キャッシュであれば、設定にもよるが、一定期間内で必ず消滅してしまう一時的なものに過ぎないのだ。そうであれば、単純所持がどう規定されその保護法益は何であるかにもよるが、キャッシュが保存されていることが、所持するという実行行為性を持つものかどうか疑わしいのである。

 ところで、一般人にも児童ポルノ規制反対の賛同を求める論拠として、ニーメラー牧師の言葉が引用される。以下はその例である。

児童ポルノの単純所持禁止にアニメ・マンガ・ゲームは含めるべきか否か?
                   (web 魚拓)
http://d.hatena.ne.jp/umikaji/20080315/1205591913

人としてあたりまえの話
                   (web 魚拓)

ナチスの他集団に対する弾圧を自分には関係がないからと放っておいたら、いざ自分達が弾圧される番になって抵抗しても手遅れだったというもので、だからこそ他集団への弾圧に対して抗議することは、自分のためでもあるという警句である。規制反対派は、これをドミノ理論の一種として用いて賛同を脅迫的に求めているようである。ただし、規制賛成派についても同様の傾向が見られる。

ドミノ倒しのように、「Aが起きればBが起きる。Bが起きればCが起きる。Cが起きればDが起きる……最後にはZが起きてしまうので、Aを阻止しなくてはならない」と主張する手法。ベトナム戦争当時、アメリカがベトナムへの介入を正当化するのに用いた論法だ。現代でもよくドミノ理論を見かける。「新しい歴史教科書を採用したら日本は軍国主義国家に逆戻りする」とか「夫婦別姓を認めたら日本人のモラルが乱れる」とか。その連鎖反応が本当に起きるものなのか、起きるとしてもその可能性はどれぐらいなのか、よく検討せずに「阻止しろ!」と叫ぶのは、下手するとただの被害妄想である。
ドミノ理論とは - はてなキーワード
                   (web 魚拓)


 また、規制の内容について議論するのではなく、規制を推進する団体や個人について批判や中傷を行うというのが主流であるようだ。

児童ポルノの単純所持禁止にアニメ・マンガ・ゲームは含めるべきか否か?
                   (web 魚拓)
「財団法人日本ユニセフ協会」(国連ユニセフとは別の財団法人)
- カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記

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                   (web 魚拓)
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王様を欲しがったカエル | 児童ポルノを撲滅しようと画策している団体は、内部で児童にポルノを鑑賞させている。
                   (web 魚拓)
煩悩帝國 - 【BLOG】帝國日誌 
                   (web 魚拓)

相手の属性や人格に着目して非難するのは、規制賛成派が小児性愛者そのものを非難するのに優るとも劣らないことである。結局、こうした行為は自らの言説の信用を傷つけるだけに終わるのではないか。

 以上の事をまとめると、規制反対派がありうる危険としてあげているような極端な事例は、日本の法体系からするとありそうにもない虚像だということがいえるだろう。つまり、三権分立として、司法が独立して法解釈を担っているということ、また、故意など刑法上の諸概念を検討することによって、規制反対派の主張する極端な例は幻影に過ぎないのだということを示すことができた。また、相手の属性を非難し、根拠のない憶測で賛同を迫る点も問題である。たしかに、児童ポルノの定義は曖昧であり、もっと具体的に記述すべきだという意見は傾聴に値する。もっと範囲を具体的に明確にすれば、誤解を避けることはできるだろうし、個々の事例で解釈がぶれることも少なくなるだろう。単純所持禁止や準児童ポルノ規制に対して警鐘を鳴らしていること自体は正当である。しかし、ありもしない虚像を作り上げることによって、不安を煽り、人を騙して自らの目的に利用しようとする行為が正当化されることはないのである。




★ captain_nemo_1982 のコメント

オーソドックスでスタンダードな規制反対派批判、
という感じでよくまとまっている。
問題はおこり得ない、という断定にはいささか疑問が残らないでもないが、
法運用論としてはあくまで原則にのっとっており、反論の余地はない。

単純所持規制に賛同するわけではなく、規制反対派の言説自体を問題にする、
というスタンスも私とよく似ており共感が持てる。

「単純所持違反による逮捕は故意認定が必要。
ワンクリック詐欺やキャッシュ所持では逮捕されないし令状も出ない」
という指摘が、規制反対派の脅迫的言辞に与えた打撃は計り知れないが、
私が確認できる限り、このブログが最初にネットでそれを行ったようである。
おそらく、後藤啓二氏のブログより早かったであろう。

2013/7/15 補記
こちらのブログの方が早かったようです。
ネット関連規制反対派は法律関係者がネット技術をわかっていないと批判する前に、
自らが法律論をわかっていないことを自覚すべし
- BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com




ただこの uemada 氏、これだけの見識と文章力を備えていながら、ブログの
エントリが5記事しかなく、更新もずっと止まっているのはもったいない。
違うところでやってるのかもしれないけれど、もしそうなら
もっと色々意見を聞いてみたいと思わせる人である。




                          (2010/8/9 entry)


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