2013年04月16日

冒頭から破たんをきたすランナー氏の論理



間違いだらけのカタルシス理論




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児童ポルノ規制による性犯罪の増加
      (web 魚拓)


このサイトを開くと、まず最初にこんなことが書いてあります。



ポルノはワイセツ以外のもののことです。
ワイセツ物の表示はワイセツ物の陳列を
禁止する法律で禁止されていますから。

なんだかよく意味の分からない文章です。
「ワイセツ物は禁止されているから、ポルノはワイセツではない」
ということは、ランナー氏の定義する 「ポルノ」 とは
合法的に流通している表現である、という意味なのでしょうか?


とりあえず、ランナー氏はワイセツとポルノを分けて考えているようだ、
ということだけは分かります。
このページの上から 3/4 位のところに、こんなことも書いてあります。



ワイセツから芸術まで間のどこかの境に、
それ以上は人間性に害があって、それ以下は人間性にとって、
好ましい必要なものである、という境界があると思います。
 (その境界はポルノ表示の中では無く、
   ワイセツ表示の中に境界があるかもしれない)


 その境界以内のポルノは好ましく禁止してはいけないもので、
その境界の外のポルノ(ワイセツ表示?)は害があると思います。


 しかし、今行われているポルノ規制は、その境界が分からなくて、
好ましいものを禁止して、芸術や文化に近いものを
過剰に禁止することで人間性に害を与えている可能性もある
のではないかと考えます。


明確に定義したポルノ的要素の分類に基づき、人間性を冷静に科学的
にしっかり見た知見に基づき、愛情があるしっかりした施策
(何もしないことも施策の一つ)が行われることを望みます。


これを読むと、どうもランナー氏は、

ワイセツ物とは頒布罪(刑法175条)により禁止されているもので
人間性にとって害があるが、
流通が許されている性表現 (= ランナー氏が定義するポルノ) は
人間性にとって好ましく、規制すると害がある。


と考えているようなのです。
そして、このページにおいて様々なデータを引用して
徹頭徹尾 「ポルノ」 規制の有害性を主張しているわけですが、
これだけで、ランナー氏の主張が根底から論理破綻を
来していることは明らかです。


まず、ランナー氏の言う 「ワイセツ」 について、
「禁止されている」 と 「害がある」 の間に
どういう関係があるのかが不明です。


ここからはおそらく、「害があるから禁止されている」 という
因果関係しか導けないでしょう。


しかし、175条に抵触する表現は、害があるという客観的根拠に基づいて
摘発されているわけではありません。
それは警察の検挙方針に基づき、恣意的かつ見せしめ的に
摘発されているもので、しかもその基準は時代時代の風潮により変化し、
過去に違法であったものが現在では堂々と流通が許されるなど、
かなり柔軟、悪く言えばいい加減に運用されているものなのです。


また、ランナー氏は児童ポルノ法や青少年保護条例による表現規制は
有害であると主張しますが、どうして刑法175条による表現規制が
有益 (もしくは無害) なのかを説明していません。


ランナー氏の言う 「ポルノ」 は、検挙方針や
時代風潮の変化により、いつだって違法表現 (=ワイセツ) に
認定される可能性はあります。


刑法175条も児ポ法や青少年条例も、国家権力の恣意によって
制定・運用されているのは同じなのですから、
ランナー氏は全ての表現規制法令を有益
 (もしくは無害) であると評価しないと、
もしくは全て有害であると主張しないと矛盾してしまいます。


おまけに、ランナー氏は
「ワイセツから芸術まで間のどこかに、有害と有益の境界がある」
などと言いますが、それはどのような
 「明確に定義したポルノ的要素の分類」
「人間性を冷静に科学的にしっかり見た知見」

に基づいているというのでしょうか?


これまた何の説明もなく、ただ単にその時の気分だけで
適当なことを言ってるんじゃないのか?と訝ってしまいます。


ひょっとしてランナー氏は、


「刑法175条は自分が生まれるかなり前からある法律だから諦めもつくが、
 児ポ法や青少年条例のような最近の法律は
  今までの自分の生活に変化を要求するので気に食わない」



といった、まるで校則の改定に反抗する中学生のような
幼稚な感情論で表現規制反対を主張しているのでしょうか?


もうひとつ考えられるのは、
「刑法175条を有害とすると、自説に都合が悪い」
という理由があるのではないか?という疑念です。


ランナー氏はなんとかして、表現規制と性犯罪件数の間に
因果関係があると立証したいわけです。
最近になってできた表現規制法であれば、
「規制が強姦件数を増やした」 という主張をこじつけれても、
そこに戦前から施行されている刑法175条を含めてしまうと、
日本では戦後ある時期から強姦件数が激減した事実は明白ですから、
表現規制になんら影響が無いことがばれてしまいます。


ランナー氏の主張を見る限り、「ポルノ≠ワイセツ」説には
そのような理由が働いているとしか考えようがありません。


そして、その感情論または政治的策略を正当化すべく、
「人間性を冷静に科学的にしっかり見た知見に基づき」
などと称してデタラメなデータの切り貼りをやっているわけです。



                       (2011/7/4 entry)



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captain_nemo_1982 at 21:30│Comments(2)TrackBack(0)間違いだらけのカタルシス理論 

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この記事へのコメント

1. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年07月26日 04:31
管理人さんの愚痴はどうでもいい
問題は
「統計では、ポルノ規制の解禁や
漫画アニメなどの登場により
性犯罪は減ってる」

という事実だ

わいせつだの175条だのそんなのはどうでもいい
2. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年07月29日 01:28

海外には175条(わいせつ罪)なんてのはない
つまりわいせつ物の頒布を禁止してる日本が異常なだけ

>「規制が強姦件数を増やした」 という主張をこじつけれても、
>そこに戦前から施行されている刑法175条を含めてしまうと、
>日本では戦後ある時期から強姦件数が激減した事実は明白ですから、

刑法175条施行後、ずーっとポルノ的なもの全てを取り締まってきたのか?
違う
AV、エロ本、ストリップ、ヌード・・・どんどんポルノは増え
強姦件数が激減した

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