2013年04月16日

検証・宮台真司が広めたメディア悪影響否定論 (再掲)


間違いだらけのカタルシス理論




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ネットで児ポ法や都条例の議論においてメディアの影響、
もっと言うと 「性表現による悪影響」 についての議論を色々見ていますと、
どうも 「宮台真司が広めた悪影響否定論」 を盾に取った規制反対論が
支配的のようです。


たとえば、宮台氏はジョセフ・クラッパーの限定効果論を引用して
次のように主張します。


宮台真司氏講演:メディアの影響とメディア規制 - kitanoのアレ
      (web 魚拓)

「限定効果論」というのは、一口で言えば
「もともと暴力的な性質を持つ人間が暴力的なメディアによって
引き金をひかれる可能性がある」ということです。


これはですね、「引き金をひくなら悪いじゃねーか」と皆さん思うでしょうが、
いい悪いは別といたしまして、問題はその先にあるんですよね。
じゃあその引き金になるからといって暴力的なメディアを規制したとして
暴力的な性質を持った人間は引き金をひかれないかと言えば、
そういうことは“まったく無い”んですね。
マスコミがひかなければ別の者が単にひくだけの話し。
単なる確率論的な問題です。


ですからクラッパーは、いくつかの本の中で繰り返し
「人間が暴力的になる理由は、メディアの悪影響によるというような
単純なもので考えることはできない。
そのために必要な考察、調査研究はこれは膨大なものであって、
そのようなものを強力効果論のごとき単純な図式で覆い隠してはいけない」
というふうに言いつづけてきたわけであります。


宮台真司といえば有名な知識人だし、コワいくらい頭のいい人、という
イメージがあるので、彼がそういうならそうなんだろう、と
私なんかも割と無批判にこの図式に乗った議論を過去にやってきました。
 (後で紹介する内閣府スレの議論でも、宮台氏の広めた限定効果論を
   肯定的にとらえた私の主張が登場します)


そんな中、2010年5月ごろ(正確な日付は不明だがおそらく5月20日)
「有害」 規制監視隊が自身のサイトにて、この宮台説に
真っ向から異を唱えました。


検証・宮台真司が広めたメディア悪影響否定論
      (web 魚拓)


これに対して宮台氏がツイートにて反論を行い、


宮台真司(@miyadai)/2010年05月/Page 2 - Twilog

限定効果説についてのツイートまとめ - MIYADAI.com Blog
      (web 魚拓)


更なる 「有害」規制監視隊 からの再反論も
追記部分で行われていますが、これを見る限りでは
宮台説は完全に論破されてしまったという印象は否めません。


これに関しては以前、別エントリでも取り上げましたが、
今回このカテゴリにて改めてあらましを要約しようと思います。
 (以下、引用文の( )内は私のコメントです)
  





「有害」 規制監視隊による批判

● 
宮台教授の説明は極めて不十分。
   新しい強力効果モデルを無視している。

● 宮台教授によると、「短期的影響は間違いなくあるが、
   長期的影響は認められない」

● しかし、クラッパー説の元となった研究は最初から短期的影響の問題に
   限定して行われたもので、長期的・累積的影響を語るには限界がある。

● にもかかわらず、宮台教授は長期的影響にも限定効果論を用いるという
   「独自の解釈」 を披露している。

● 宮台教授の 「受容文脈論」 について。 教授は 
  「どういう状況でメディアに接するかによって、影響の大きさは変わる」
   と主張する。
   (これを根拠にして、子供が暴力的なシーンに接するときに、
     親が助言してやれば悪影響は軽減する、
      という具合につながるわけですね)


● しかし、影響を左右するのは視聴環境だけではない。
  視聴者についての、 「男性である」 「もともと暴力性が強い」 
    「視聴前に怒りを感じている」 (以上、本人要因) 
  表現についての 「暴力が賞賛されている」 「正当化されている」
  「現実的である」 「暴力をふるう人物が魅力的」 
  「または視聴者に似ている」   (以上、コンテンツ要因) 
  などの条件を、宮台教授は無視している。
    (この○○要因というのは、宮台氏の反論にも出てくるのですが
     理解しやすくするために色分けしてあります)





宮台氏による反論

● 
クラッパー後の反証 (新強力効果モデル) は、
  限定効果論の図式をいささかも超えるものではない。

● 初期の強力効果論は、 
 「悪影響の要因 = コンテンツ要因」 だった。
 限定効果論は、
  「悪影響の要因 = コンテンツ要因本人要因視聴環境要因
   と置き換え、よってコンテンツによる影響は限定的である、とした。

● コンテンツ要因の制御は副作用が大きいので、悪影響を回避するなら
  まず本人要因視聴環境要因の制御を政策的に行うべき。

● 暴力の扱いが肯定的か否定的による差の研究などは、
  コンテンツのバリエーションによって
   影響が異なるのは自明だから、

  クラッパーの図式をいささかも超えない。

● クラッパー後は、
  「悪影響の要因 = コンテンツ要因本人要因視聴環境要因
  から、
  「悪影響の要因 = 短期的接触、長期的接触、
           本人の素質、本人のそのときの感情
           
視聴環境、社会的風潮
  という要因が加わったが、もともとの形は不変。

● クラッパー説のキモは、悪影響の要因は複数あるという点にあり、
  それを無視して、限定効果論を狭義にとらえて 「反証された」 と
   騒ぎたてるのは頭の悪い議論である。




「有害」 規制監視隊の再反論


● 
以前宮台教授は、メディア悪影響の実証的データはないと
  断言していた。
  ところがブログでは、「悪影響を回避するなら
  まず本人要因視聴環境要因の制御を政策的に行うべき」
  と主張している。 (悪影響回避のための政策を認めている)

● 発言が矛盾している点はさておき、
  本人要因視聴環境要因の制御は可能かどうかの説明がなく、
  仮に不可能だとしたら無意味な主張でしかない。

● 発表当時とメディア環境が激変したクラッパー理論の限界や、
  本人要因環境要因の制御が副作用が小さい理由も説明していない。

● 政策をいうなら、クラッパー本人が未成年への性表現販売禁止を
  勧告した委員会のメンバーだった事実はどう説明するのか?




個人的には、
「コンテンツのバリエーションによって影響が異なるのは自明」
という宮台氏の主張はかなり問題があると感じます。


「悪影響がありそう、あるんじゃないか、あるに決まっている」 
というような先入観や印象を排除すべく、
規制反対派は悪影響論の学術的裏付けを
執拗に要求し続けたのではなかったのでしょうか?


表現のバリエーションによって悪影響に差が出るのが当然なら、
バリエーションに応じて表現を制御しようという動きが出たって
しょうがないと思うのですが。


結局、悪影響の要因が複数あるという事実から、


「複数あるのだから表現だけ規制しても意味がない」


という主張がでてくるのはある程度理解できますが、
それは悪影響を与える表現 = 臭いものにふたをする
行為に他ならず、


「悪影響を受ける要因が表現以外にも
  たくさんあるのだから、根本原因の表現を規制しないと
   解決にならない」



という主張がでてくるのもまた当然だと思います。


犯罪統計に表れるかどうかはともかく、
表現による悪影響は、表現規制によって達成するのが
根本的解決策として合理的です。


それが嫌なら、「表現による悪影響もやむを得ない」
という主張が広く社会の合意を得るような
政治的努力が必要になってくるでしょう。


「表現の自由」 を盾に取るのもいいですが、
規制反対派のそれはしばしば脅迫的な誇張を伴っており、
クラッパーの言を借りれば、、


そのような単純な図式で膨大な調査研究を

  覆い隠してはいけない



と言わざるを得ないでしょう。



                        (2011/6/25 entry)

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captain_nemo_1982 at 22:30│Comments(5)TrackBack(0)間違いだらけのカタルシス理論 

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この記事へのコメント

1. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年07月26日 03:57
「宮台真司が広めた悪影響否定論」は正しい内容だけどね

「暴力的なメディアを見ると暴力的になる、性的なメディアを見ると性的になる、
といった考え方を「強力効果論」といいます。
一九三〇~四〇年代にアメリカのクラッパーが数十回の調査研究を
行ったのですが、その結果「強力効果論」は実証されませんでした。今に至るまでそうです」

事実だね

>「有害」 規制監視隊が自身のサイトにて、この宮台説に
>真っ向から異を唱えました。

そいつらの考えが間違ってるだけね
そいつらの考えが正しい証拠なんてないし、所詮は一般人の浅知恵
話にならない
馬鹿が難癖をつけてるだけ

>1970年代以降は、説得以外のさまざまな効果に注目する
>「新しい」強力効果モデルが多数提出されている」とある。
>宮台教授は「新しい」強力効果モデルを無視しているのである。

だから?その提出された「新しい」強力効果モデルは正しい内容なの?
違うじゃん
その提出された強力効果モデルは、影響性を証明する結果ではないから、無視してるだけ

>さらに「新しい」強力効果モデルが実証されていることは研究者にはよく知られている。
>坂元章・お茶の水女子大学教授は、佐々木輝美・国際基督大学教授との対談で
>「実は佐々木先生は、『メディアと暴力』という著書を1996年に出されておられるのですが、
>それが日本においては非常に画期的だったんです。
>それで、メディア暴力の影響がかなり実証されていることを
>1996年の段階で、日本の研究者がかなり知るようになったのです」(『視聴覚教育』2001年5月号)と述べている。

メディア暴力の影響がかなり実証されている、なんて証拠はない訳だが
ポルノ見た者全員が確実に、100%、性犯罪を引き起こす。
なんてことを実証した証拠は世界中のどこにも無い。

坂本という馬鹿が勝手にほざいてるだけ
2. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年07月26日 04:02
宮台教授の
>テレビ番組をみて非行に走る少年はきわめて限られた数だろうし、
>「暴力番組」をみたからといって、それがただちに犯罪を犯す動機になるとはいえない」
という意見は当然ですね

>テレビ番組をみて非行に走る少年はきわめて限られた数だろうし、

この時点で、影響性なんて無い。
本当に影響あるなら全員の少年が非行に走ってないとおかしいわけだ

>影響力が変化する条件は視聴環境だけではない。前出の坂元教授によると
>「暴力シーンが暴力性を促す影響力は、いくつかの条件を満たすほど強まる。
>例えば、視聴者については、男性である、もともと暴力性が強い、
>視聴前に怒りを感じているなどの条件、暴力シーンについては、
>そこでの暴力が賞賛されている、正当化されている、現実的である、
>また、暴力をふるう人物が魅力的である、視聴者に似ているなどの条件が示されている」

御卓はいい
「暴力シーンを見た者全員が、即座に街中に飛び出していって
通行人に暴力を振るった」
という証拠を出してみろ

>条例によるゲームソフト規制について問われた坂元教授は
>『朝日新聞』(横浜版)2005年3月3日付で、
>「ゲームのリアルな描写が、子供を暴力に走らせる場合があるのは否定しない」と

ゲームのリアルな描写が、子供を暴力に走らせた事例は存在しない
この馬鹿の考えはおかしいだけ
3. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年07月26日 04:10
>「有害」 規制監視隊による批判


● 宮台教授の説明は極めて不十分。
   新しい強力効果モデルを無視している。

> 宮台教授によると、「短期的影響は間違いなくあるが、期的影響は認められない」

そもそも短期的影響は間違いなくある、という実証すらされてないわけだが

>クラッパー説の元となった研究は最初から短期的影響の問題に
>限定して行われたもので、長期的・累積的影響を語るには限界がある。

長期的・累積的影響を実証した研究はない
そもそも、現実世界で人間は、一つのメディアだけを見た後、
様々な行動をする

例えば、学生、社会人の場合、ポルノや暴力的な創作物を見たとする
しかし、その後学校や仕事に行ったり、他の「ポルノや暴力的な創作物以外の創作物」も見る
よって、長期的・累積的影響があるか、なんてわかるわけないし
仮に長期的・累積的影響が認められても、それは
ポルノや暴力的な創作物のせい、とは言い難い

さっきも言ったように現実世界で人間は、一つのメディアだけを見てるわけではないからだ
どのメディアが、どういう影響を及ぼしてるか、
一人一人の人間が、メディアそれぞれから、どういう影響を受けてるか、なんて分かる訳がない

>にもかかわらず、宮台教授は長期的影響にも限定効果論を用いるという
>「独自の解釈」 を披露している。

何か問題でも?長期的影響にも限定効果論が適応されると考えた方が自然だが
4. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年07月26日 04:14

> しかし、影響を左右するのは視聴環境だけではない。
>視聴者についての、 「男性である」 「もともと暴力性が強い」 
>「視聴前に怒りを感じている」 (以上、本人要因) 
>表現についての 「暴力が賞賛されている」 「正当化されている」
>「現実的である」 「暴力をふるう人物が魅力的」 
>「または視聴者に似ている」   (以上、コンテンツ要因) 
>などの条件を、宮台教授は無視している。

色々な条件が考えられるということは、逆に、
一概に「ポルノや暴力的な創作物は、悪影響を及ぼす」」とは言えないことでもあるのだが
特に 「もともと暴力性が強い」 
「暴力が賞賛されている」 「正当化されている」
などね。

大体さあ・・・人間一人一人違うんだよ?
例えば「もともと暴力性が強い」にしたって、強い奴もいれば弱い奴も居る、
10%の暴力性を持ってる奴も居れば、40%%の暴力性を持ってる奴も居る
キリがないでしょ
そんなのどうやって判別するのか?


>限定効果論は、
>「悪影響の要因 = コンテンツ要因、本人要因、視聴環境要因」
>と置き換え、よってコンテンツによる影響は限定的である、とした。

当たり前。
同じコンテンツを見ても、強い影響を受ける者もいれば
影響を受けない者もいるし、影響を受けない者の方が多いしね



● >以前宮台教授は、メディア悪影響の実証的データはないと断言していた。
  >ところがブログでは、「悪影響を回避するなら
  >まず本人要因、視聴環境要因の制御を政策的に行うべき」
  >と主張している。 (悪影響回避のための政策を認めている)

メディア悪影響の実証的データはないとした上で、そう言ってるだけ。
どこがおかしいのか?
むしろ、本人要因、視聴環境要因はどうなんだ?と更に規制派に指摘をしているのだが

5. Posted by わらぽん村の名無しさん   2013年07月26日 04:18
>発表当時とメディア環境が激変したクラッパー理論の限界や、
>本人要因と環境要因の制御が副作用が小さい理由も説明していない。

クラッパー理論には限界がある、という証拠がない
メディア環境が激変してはいない
映画、テレビ、そこまで激変してるとは言い難い
ポルノビデオ(ビデオ、DVD)だって、所詮は
「テレビや映画」とそこまで大差がない
漫画、アニメ、ゲームもただの絵だしね

>政策をいうなら、クラッパー本人が未成年への性表現販売禁止を
>勧告した委員会のメンバーだった事実はどう説明するのか?

クラッパーは成人には影響がないって言ってる


>表現による悪影響は、表現規制によって
>達成するのが根本的解決策として合理的です。

話を全然理解してないね
悪影響の要因が複数あるという事実から、
「複数あるのだから表現だけ規制しても意味がない」
という主張をしているわけ

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